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鬼門の避け方について書いてある書籍を見ると、鬼門45度の範囲を東北と北北東の3等分に分け、ど真ん中の東北方位15度だけは、絶対に風呂とキッチン・トイレを作ってはいけないとしています。
そして避けなければならないのは、部屋全体の空間ではなく、便器や風呂釜・シンクの排水穴部分、そしてコンロの火の部分で、この部分が鬼門から回避されれば良いとされています。
玄関の場合は、入口が問題で、ドアが鬼門から外れていれば問題ないとされています。
またある説では、四隅線上は神様の通り道であるとされ、その道に不浄のものを置くのはもってのほかで、鬼門はその意味でも嫌われています。
ほかには、鬼の出入口なので万事に忌み嫌う方角という説もあります。
「鬼門除け」災難を除け避けるためには、鬼門方向に神仏を祭る事。
逆に四隅線上は絶対神仏を置いてはいけないともされています。
丑の方向は、縛られているものが解かれるという意味を持ち、鬼門45度の中でも悪くないという説もあります。
その意味では寅も万物が伸び始めるといわれ、悪くありません。
家を設計する際でも鬼門が避けられている理由をよく踏まえて設計し、施主に納得してもらうのが良いでしょう。
しかし現代建築では、鬼門はそれほど恐れる事もありません。
家相学の本家本元、中国では日本ほど鬼門を重要視していないようです。
また中国や台湾では、誰にでも当てはまる方位だけで考える鬼門は使われていないのです。
家長の生年月日日時を合わせて考えるので、入口も部屋の位置も各々違ってきます。
これは台湾の不動産屋さんに聞いた話ですが、台湾で集合住宅が日本ほど多くないのは、家相が当てはまらないとそこに住まない人が多いという理由からだそうです。
しかし、これも地方だけの事のようで台北などの都市部では違うかも知れません。
日本では生年月日までは合わせないので、家相に合う家を見つけるのが台湾よりは楽と言えます。
そもそも「鬼門」は中国特有の風土によるものです。
冬の寒気と夏の湿気が東北地方から押し寄せてくるという自然現象が原因で生まれました。
世界一寒い地帯は、シベリア東部とバイカル湖とオホーツク海の間といわれ、冬には錐で刺すような寒さが東北の風として中国の洛陽に吹き込んでくるのです。
そして夏はゴビ砂漠からの熱風。これを中国の人たちは悪魔の仕業と考えていました。
また、軍事的防御によるものとも言えます。
抗争を好む民族は東西南北にいますが、中国ではその中でも特に東北地方にいた東夷を最も恐れていました。
始皇帝は東北にたむろしていた遊牧騎馬民族の匈奴に手を焼き、侵入を防ぐ意味で万里の長城を作ったとされています。
厦の兎王と家来の益が作者といわれる「山海経」にある、鬼が人間に悪さをする話から生まれたもの。
東北数萬理の地に度朔山という山があり、そこに繁る四十理四方に枝を張った桃の大木がありました。
そこでは悪魔が群がり、門神である神茶と鬱塁の目を盗んでしばしば人間に危害を加えたといいます。
要するに東北をおろそかにすると、大変な事が起きるという事から来ているようです。
日本でも中国と緯度がそう違いなく、東北方面から冬の冷たい風が吹き込んでくる事から「鬼門」という発想が生まれました。
また裏鬼門も、夏の湿気を含んだ台風が近づくため忌み嫌われていたのです。
平安時代、貴族は主に関東や蝦夷の民族を恐れていました。
家相学は602年、百済の僧・観チク(革編に力)の来朝により仏教と共に伝来したと云われています。
ひとつ疑問に思う事があります。
京都に都があった時は蝦夷が東北方向になりますが、家相が一般に流布されたのは江戸時代。
江戸から蝦夷を見た場合には、北か西北寄りになってしまうのです。
それなら東北が鬼門にならず、意味も違ってくるのではないか・・・。
いつの時代も噂で広まったり、何度も伝わっていくうちに内容が少しづつ違って来たり、印刷物を刷る時に間違ったりして誤って伝わる事もあるのです。
ですから家を建てる際には、家相学だけに捕らわれず色々な角度から物事を見る事が必要です。
明石秀代 著/永岡書店 刊
吉を呼び込む 現代の家相と設計
より抜粋させていただきました。
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