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いつもと違う話をします。
近頃の家は『商品』になっている気がする。
そこに住まう人々は、住宅メーカーのカタログ通りに住む事を押し付けられているのでは?
家は商品?
衣服の世界には、『プレタポルテ』と『オートクチュール』が存在する。
前者を既成品(吊るし)といい、後者をオーダーメイドという。
住宅業界の中には、これを『建売住宅』と『注文住宅』に当て嵌める方々もいる。
そんな注文住宅を『わがまま住宅』と評した方も・・・。
我が国の現在の家づくりは、決して褒められたものではない。
でも、そんな我が国の家づくりが世界中で尊敬されていた時代もあった。
その頃の家づくりを『普請する』といい、内装には『しつらえる』という言葉が使われていた。
『普請』とは「普く(あまねく)人に請う」。
つまり大勢の人に頼む事を意味していた。
そして家の中をつくる事を、『設える』と書いて「しつらえる」と読む。
この『設』という漢字は「設ける」と書くと「もうける」と読み、設置するとか準備するという意味で使う。
しつらえるという事は美しく整える事という意味もある。
家は多くの人の手によってつくられ、丁寧に整えられていく。
なんとも趣の深い言葉である。
ところで、古くから日本家屋の襖や建具に『しつらえる』という言葉が使われていたのには訳がある。
平安時代の『寝殿造』は、太い柱が立ち並ぶだけの間仕切壁の無い板敷の大広間形式であった。
開放的な空間を日常生活の都合や、季節の変化、年中行事の接客饗応に応じて屏風や障子などで仕切る。
また畳を置いて、その都度適切な空間演出も行った。
この室内空間の設営を『しつらい』と呼んでいた。
昔の日本の家は『しつらい』によって長く使える仕組みであった。
つまり、本来の日本の家は『つくる』ものではなく、行事に合わせて『しつらえる』ものであったのだ。
日本人の住まいは、この『しつらえる』という感覚に戻るべきだと考える。
ひとりひとりの住まい方や価値観に応じて準備され、つくられていくものを『しつらえる』という。
出来合いの商品を選んで取り付ける時には決して使われない言葉だ。
すでに出来ているものを買うのではなく、自分に合うものを丹念に丁寧に、一緒になってつくっていく。
ある個性をもった特定の人のために、手で練ってこしらえていくことでもある。
季節に合わせた生活を楽しむというような、日本人に脈々と受け継がれたものづくりの伝統の力。
これらが『しつらえる』という言葉には込められているように感じる。
家づくりの主体はあくまでも建て主である。
でも、残念ながら専門知識を持ち合わせてはいない。
だから、普く人々に請うことになる。
ああしたい、こうしたい。
何が何でも、建てたい家・住みたい家を実現する。
理想の家づくりを真剣に楽しむことを諦めない。
そんな家づくりは商品には望めない。
災害に強く、そこに住まう人々の健康と安全を守り、いつまでも長持ちする。
省エネで快適はもはや必要品質である。
その為にしっかりとした構造と外皮を確保する。
その上でライフステージに応じた、『しつらう』あいまいさを残す事も忘れない。
家は商品ですか?
家づくりはパートナー選びで決まるのでは?
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